台ヶ森焼(だいがもりやき)とは?特徴や体験・購入できる場所などを紹介

長い歴史を持つ陶磁器は、生活に欠かせない必需品でした。現在では日々の生活に自分の好みの食器や花瓶などの陶磁器を買い求めたり、あるいはろくろを回して陶芸を趣味として楽しんだりと様々な形で陶磁器が使われています。
その中でも、安価で使いやすい陶磁器は幅広い年代の方々に手に入りやすく気軽な存在になりなりつつあります。
又、茶道を嗜む時に出会うのが、由緒ある大事に保管されてきた値段のつけられない器。手に取るだけでも緊張感と出会えたことの喜びをもたらしてくれる時代の流れが伝わる器などもあります。多種多様な陶磁器と出会えるこの時代に、作家の生きざまを感じる台ヶ森焼をご紹介したいと思います。

台ヶ森焼とは

DAIGAMORIYAKI

台ヶ森焼きは、備前焼・丹波焼・萩焼きなどを合わせたような焼物の事で、宮城県の地産粘土を使い窯元で作られ親しまれ、独特な味わい深い温もりが伝わる陶磁器として現代では、器や茶器、陶製音響器や焼陶板などさまざまな種類が作られています。

他に宮城県には、堤焼(つつみやき)、切込焼(きりごめやき)、台ヶ森焼(だいがもりやき)と3つの焼き物があります。
どの焼物もそれぞれの特徴があり目を楽しませてくれて東北ならではの力強さが伝わる素敵な焼物であります。
その1つである、台ヶ森焼はブナの原生林が美しい舟形山上流に位置し、かねてから伊達家にゆかりがあり、仙台藩主伊達家十代宗廣公なども利用した湯治場の1つでもあったようです。
周辺では、台ヶ森温泉郷として温泉を楽しめる観光地になっています。

古く第四紀に火山活動の影響で凝灰岩(火山灰が地上や水中に堆積してできた岩石)などが分布し、銅や鉄を多く含む傾向にあり、灰炭化が進んでいない亜炭鉱(石炭の中でも石炭化度が低いもの)が豊富に存在しています。
上記のような地質条件が粘土に影響があるとされ独特の味わいを醸し出す陶磁器の原料としてつくられたのが台ヶ森焼とされています。
※備前焼は岡山県備前市が産地、丹波焼は兵庫県丹波市篠山周辺で焼かれています、萩焼は山口県萩市一帯で焼かれています、

台ヶ森焼特徴

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台ヶ森遺跡などの遺跡から窯跡や縄文時代の土器が多数出土しており奈良時代初期には政庁府である多賀城に収める瓦や器を焼く国衛窯が点在していたことが文献に残っていました。
江戸時代(天保年間)に焼かれたお皿が伝世し、窯跡も発見されている古い時代から陶磁器が焼かれていた歴史深い土地柄でありました。
時代を経て、この土地に1976年初代窯元 安部勝斎が昇炎式・横炎式・倒炎式のつくり、台ヶ森周辺で採れる土を使い現代の台ヶ森焼が誕生しました。
2014年には二代目窯元 安部元博が「莫迦焼締」(ばかやきしめ)を開発。(七種類の窯、電気窯・ガス窯・新窯五種(登り窯・穴窯・昇炎式・倒炎式・トッチ式)を使い焼成し研磨する方法で3回工程を繰り返して仕上げる技法。)
2018年11月に安部元博が二代目窯元安部勝斎を襲名し、宮城県の天然素材を使った作風を特徴として活躍しています。

百窯の里 七ツ森陶芸体験館(ひゃくようのさと ななつもりとうげいたいけんかん)

1992年大和町の七ツ森湖畔公園内にある、七ツ森陶芸体験館では、台ヶ森焼の生産工場として体験・製作が行われ個人・団体での利用出来ます。(詳しくは、七ツ森陶芸体験館正式ホームページ)
大きな特徴として七つの窯があり、日本でも最多種を誇っています。

7種類の薪窯焼き

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倒炎式角窯:陶器の表面に鈍い光沢ができ、その色合いをより楽しめます。
トッチ窯:焼き上がりが一定ではなく、様々な色が楽しめます。
穴窯:焼き上がりにムラが発生して変化に富んだ陶器が楽しめます。
登り窯:七種類の窯の中では最も長く一度に多くの焼き物が楽しめます。
昇炎式窯:中で出る灰が微妙に色合いを変える特徴を持っています。
電気窯・ガス窯:初めての人でも失敗することなく楽しめます。

※昔から亜炭鉱として使われていたので、亜炭・鉄・銅などの鉱物が含まれて複雑な色合いが楽しめます。又、遺跡として窯が出土されていて、この一帯の土にはまだまだ、陶磁器の原料としての可能性が多くふくまれています。この土地から採れる土を七種類の薪窯で焼き上げる面白さを楽しめる台ヶ森焼きです。

台ヶ森焼種類

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台ヶ森釉(だいがもりゆ)

地産粘土と灰を使用し、鉄分と銅の美しさを楽しめる。台ヶ森釉を主に生産している。
※産出される土に亜炭鉱、鉄、銅が含まれているので複雑な色合いが生まれます。

焼〆(やきしめ)

正式には締焼き、釉薬をかけずに高温で焼成した陶器。
主な焼締めは、備前焼・伊賀焼・信楽焼・丹波焼・常滑焼などが有名で、日本各地で行われています。
※釉薬(ゆうやく)とは陶磁器の表面に付着したガラスの層の事です。

莫迦焼締(ばかやきしめ)

2014年秋に東日本震災復興時の薪窯修復の際に偶然発見したのが、莫迦焼締です。
二代目のオリジナル製法で、1年から3年もの時間を要し、使用すると色が変化していき唯一無二の作風となることが特徴です。

焼陶板

「男の料理シリーズ」独自に調合した陶土を使用し、温度差に強く熱いうちに水をかけても割れないように造られています。そして、お肉や魚の煙も普通の焼き器の約5分の1と少なく片づけも簡単です。

台ヶ森焼窯元・作家

初代窯元 安部勝斎

焼物師になる前は、袋物職人であった初代安部勝斎は、新たな挑戦を試みる活躍は地域で注目されていました。1961年その実力をかわれて役所から地域活性化策への参画として焼物の里を作ることでした。

陶芸の経験は無く昭和36年から独学で弟子入りや修行なく始め、この土地には質の良い土があり始めに焼物教室を新設するべく毎日全て焼物にのめり込み陶芸教室は、二年もたたないうちに100名の取り組みに膨れ上がり地域文化を起こしていきました。
地域や人との関係を重視し、みんなで作った窯は7種類も出来上がっています。

自己作品について

韓国の人間国宝 陶芸家ジョン キジュン師との出会いで、海の粘土の秘密を伝授され現在、海底粘土の安定化不必要な成分の除去に挑戦中であります。
「有名な窯元と異なり、伝承された技はなく、その意味でメリットもあって、これからどうするかなど実に愉快な面も考えています。」とこれからの作品が楽しみでとても意欲的な初代窯元です。
2011年に発生した東日本大震災でそれ以前の作品は被害にあって現存しておりません。

これから

「何の変哲もない生活器が焼物の原点にあるという事。」
現代の焼物事情から窯元として、どうすべきか?という現状をとらえ、地域性が崩れさまざまな材料が物流を通して手に入り地域の窯元としての課題があるとの話は、地域性の特徴が薄れつつあり、どこの地域にいても材料さえ手に入れば、才能ある人がそれ以上の作品を造れる時代になったという事を踏まえて、地域を大切にしている台ヶ森焼きの将来に前向きに邁進しています。

まとめ

地域の活性化から始まった現代の台ヶ森焼きは、初代窯元の安部勝斎氏が独学で陶芸を猛勉強して作り上げた初代窯元の努力の結晶であり、その事を受け入れていた地域の人々の素晴らしい「絆」が今日に発展させてきたのだと痛烈に思います。

日本全国にある窯元でも、新しい事に挑戦し素晴らしい焼物を目にすることが個展や展示会を通じて拝見したことが多々あります。個人的に台が森ヶ森焼は、大きな自然の中で7つの窯を見ながら出来上がった作品を、その場の空気を吸い、木々や風の音を聞きながら、現地の土で焼いた作品を両手の中で感じ取りたいと思っております。
それと、地産粘土は古い時代を経て今という時代に姿を現し私たちに自然がもたらすとても素晴らしい贈り物をこの台ヶ森焼として見せて頂いているのだと思います。